風情のある鳥籠の中

「ぼく」がぼくのことかどうかは想像にお任せします。散文詩と作文が混じってカオス。

《現代における宗教についての私見》

なんで科学、芸術、恋愛や人間関係は人と話せるのに、宗教と政治の話題は避けられるべきものになるのだろうね
別に話したいとかいう積極性はないけど……

駄目人間が宗教にはまるのは神(の意志を持つ人)ならそんな自分でも愛してくれるからで、人格者が宗教にこだわるのは神の名のもとに自分と人々を愛することができるからなのかな……。

人間は宗教に救われるというより宗教の教えに基づいて動く人間に救われているので、「人間を救えるのは人間だ」に間違いはないけれど、よすがになるのはやはり信仰。

ちなみに、神に「すがる」他人を愛する自信も、割りきって仕事として務める強靭さもないことが人間性としてわかったので、ぼくは神職(的なもの)には就きません。逃げたことに罰が当たるとしても、それは神によるものではない。
ぼくは彼らの神を信じない。

志望して時間かけてまで非合理的な救済活動をするより、働きながら実になる活動がしたいよね……こんな国じゃいずれみんなそうなる。

だれかが不幸になるとして、それは決して人智を越えた力ではなく、自分や回りの人間の意思や発言、行動によるものだと思うので、各位気を付けて生きましょう。

これは天災とか病気とかのことではなく、そういうのなくても自分は不幸だとわめくひと向けの言葉です。自分を責めろとは言わないです。

身を近くに置いている者として、彼らの神はいなくても彼らに「とって」の神はいて、必要なものだということは知っている。今、誰かにとっての神は様々なものに姿を変えているけど。
さらに言うなら、普遍性が無いものにすがるくらいなら宗教の方がましだよ。という持論。


ぼくは宗教に関しては自分の置かれた環境のせいでそこそこ考えてる(知識は浅い)けど、今のところプラグマティズムに近い立場をとっている。
あるいはアニミズム

とりあえず、目をそらすことだけはやめたい。

繰り返しになるけど宗教は必要だよ、何故なら歴史がそれを証明しているから。しかし日本の場合、確実に時代に合っていない。
新しい人々は、新しい偶像を崇拝し始めている。どんな世界になるかはまだわからない。


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否定はしないけれど自ら進んでは関われないですね。
信仰に目覚めるきっかけは真に絶望した時らしいので、
その点まだ幸福な人が多いのかもしれません。

個人的に「数学ガール」著者の結城浩さんを尊敬しています。
キリスト教に限らず、あんな風に神と共に生きられることはどんなにか豊かだろうと思いますね。
なんにせよ、思いやりとか感謝ってのは大事ですね。
言葉にすると鬱散くさいけど。

……そのために聖書があるのか。